自分史考

(「自分史抄」改題)

まえがき・自分史の認識

1 自分史とは


 私は既に自分史を書き始めていると思っている。
 いきなりこの様に書出すのは、私は私個人のホーム・ページをかなりのウェイトをもって私の自分史であると思っているからである。
 しかし、ホーム・ページがあるからといっても、その内容が普通の意味で「自分史」的でなければ単なる一人よがりである。
 そこでまず、私が「自分史」とは何であると考えているかについて触れておこうと思う。

「自分史」とは、この世に生きた者個人の歴史であり、個人史である。
 その人が社会にどれだけ貢献したかどうかは問題でなく、その人にとって生きた証を残すということに意味がある。
 色川大吉氏は『自分史』−その理念と試みー(講談社学術文庫)という書を表し、私にも感銘を与えてくれた。右に写真の表紙を掲げたが、そこでは
人は誰しも歴史を持っている。どんな町の片隅の陋巷(ろうこう)に住む「庶民」といわれる者でも、その人なりの歴史をもっている。それはささやかなものであるかもしれない。誰にも顧みられず、ただ時の流れに消え去るものであるかもしれない。しかし、その人なりの歴史、個人史は、当人にとってはかけがえのない"生きた証し”であり、無限の思い出を秘めた喜怒哀歓の足跡なのであると書いている。
 私もこの考えに同感である。


    2 私にとっての自分史表現の場


 いうまでもなく、このホーム・ページの前身である本家・幸齢ホーム・ページの中に既に『自分史考』というページをおいており、私はある意味でこれが私の自分史の役割を果たしていると思っている。
 ただし、そこでは、必ずしも私のこれまでの人生の日々の出来事をいわゆる意味での「歴史的に」叙述しているわけではない。そこで「これはどこが自分史なのか(?)」という指摘がありそうである。これには一応次のように答えておこう。小説家が小説を書くときには、必ずしも第1章から書くとは限らないという。私は小説家ではないが文章を書くことは昔からしており、その場合にも必ずしもその論の始めから書くとは限らなかった。
文章がまとまってひとつの書き物や論となったときに、それまで書き連ねたものが整序されていれば良いのだと思っている。
 今、現実には『自分史考』の中でそのような整序という作業を経たたものはない。しかし、『自分史考』が内容的にこれからも蓄積されていくならば実質的には「自分史」として整序され、後には形式的にこれを整えれば立派に自分史になり得るものだと思う。

したがって冒頭に「私は既に自分史を書き始めていると思っている。」書いたことはそれなりに正しいと思っている。

 ところで私はホーム・ページを立ち上げるときに、なんのために個人のホーム・ページを持つ必要があるかよく考えてみた。
 ホーム・ページを立ち上げる目的は明確であった。それは、昨年5月に立ち上げたホーム・ページは、インターネットに参加する高齢者の方々に対して、パソコン通信のフォーラムであるエフ・メロウのPRを行うことを目的としていた。
これはパソコン通信に参加する人が多くなると同時に、インターネットへの参加者もかなりの数に上りつつあったので、ネットワーク活動に関しても、早晩、パソコン通信を経由せずにインターネットに集中する高齢者が多くなると考えたからである。

 現に、その時点でニフテイの他のフォーラムではかなりの数のフォーラムがニフテイのサーバー上に自らのフォーラムをPRするためのホーム・ページを展開していた。したがってエフ・メロウとしても早期にホーム・ページの立ち上げが必要だったのである。けれども残念ながら当時は、エフ・メロウの中にホーム・ページを製作する技量を備えたスタッフは私を含めて一人もいなかったので、誰かこうしたことに意欲的な会員に頼むか、あるいは自分で道を探るしかなかった。
当時増えつつあった業者に報酬を払ってまで頼むことは、フォーラムの在り方からして問題にならなかった。

また、この時点でエフ・メロウの会員の中でも個人のホーム・ページを持っている人は数人いたのであるが、しかし、当時はエフ・メロウの会議室メニューを大幅に変更した後であったので、一般の会員の方にコンテンツの組み方をはじめ、何から何まで依頼するのは憚られた。そこで、消去法で私が自らホーム・ページ作りに立ち向かわなければならないのかな、と考えざるを得なかった。

 とは言え、これだけでは「私個人」のホーム・ページを立ち上げる理由にはならない。個人のホーム・ページではなく、エフ・メロウというフォーラムのホーム・ページを作りさえすれば十分だからである。
 しかし、「ホーム・ページ作りに立ち向かわなければならない。」と考えて、他のフォーラムのホーム・ページを参照したり、あるいは高齢者の福祉に関するホーム・ページをブラウズしている間に、ホーム・ページの効用というか在り方についてひとつの確信が沸いてきたのである。それは個人のホーム・ページが発信する情報の質に関するものについての考えである。

 まず、殆どのホーム・ページがアクセス・カウンターを取り付けていて、その数の多さを競っているらしいこと、つまりテレビ・ラジオの経営各社がさながら視聴率を競うがごとく、アクセス回数の多いことをもって善とみなしているかのような光景を見た。この光景は私には異様なものに思えた。検索エンジンを備えたサーチ法人は、毎週のアクセス・ランキングを発表するし、ニフテイもその例外ではなかった。

 けれども、もしもアクセス量の多いことが『善』であるなら、情報の恒常的な発信を行うことを存在意義とするホーム・ページを唯の1回だけ立ち上げてそれで済むと言うものではない。恐らく、日々に更新するとか頻繁に更新を行うのでなければ存在感が薄れてしまうに違いない、と考えざるを得なかった。

 そして現実にそのようなことが可能かというと、企業か団体のホーム・ページ担当者ならいざ知らず、通常の社会生活を営んでいる個人はよほどアニマルな人間でもなければその様な時間を生み出せるはずがない。
 そう考えると今度は、ではホーム・ページを個人が有用に使う道は何かと考えていかざるを得ない。それはアクセス・カウンタには惑わされることのない、情報発信でなければならず、そのようなもので、かつ情報発信するものとしては個人が独自に追求するテーマを取り上げるもの(コンテンツ)しかないと気づいた。例えば、個人的な研究テーマの追求、趣味に関する呼びかけ等であろう。ここで初めて『自分史』として活用することができるのではないかと考えるようになってきた。

 考えてみると、既に私はエフ・メロウのボードに数多くの書き込みをしていたし、それ以降も書きつづけようという意欲は十分に持っていた。そこで、これらの発言(私はこれらの発言を、時には『作品』と呼ぶことにしている。)は、私の仕事以外のことを取り上げていたから、そこに現れる意見や考えは、生のままの私の考えであり、生き様であった。
 これらは既に一般の目に触れたものであるが、全体として普通に言われる自分史に構成し直せばそれは自らに関する歴史の叙述であり、また、これを以前には読まなかった方へは、新たな情報発信であろう。こうしたものをホーム・ページ上でさらに取り上げて行くならばこれらは間違いなく自分史を構成することになると考えたところである。

 このように、私はホーム・ページを自分史を発表する場として見出したのである。

3 自分史作成・編纂の環境


ところで自分史を編纂するにはいろいろな準備が必要である。
この点については幸齢世代を対象に色々な試みがされていて心強いものがある。
例えば、雑誌「ほんとうの時代」ではときどきこうした企画を行なう。
今年の場合は同誌3月号で「自分史を書いてみよう。」という特別企画があった。












この中では鈴木政子さんの話がなかなか参考になるように思われた。
この本は鈴木さんの著書である。
(日本エデイタースクール出版部・1700円)

また、ホーム・ページとしては
リクルート社の「自分史クラブ」が年表資料を得る点で優れている。
さらに糸永さんの『自分史を作ろう』も積極的な取り組みを行なっている。

このほか、エスプリ社ほか1社も 実際の自分史を完成するに当たって参考になると思われる。


最後に、北九州市では森 鴎外記念事業として『自分史文学賞」を設けている。

平成2年度に創設されたもので、表彰式は東京でも行っている。
募集期間は原則として7月1日から九月30日までである。
分量は400字詰め原稿用紙200枚から250枚である。