元就の59歳
私はテレビはあんまり見ないのだが、NHKの大河ドラマだけは欠かさず見る。
だから、このシリーズに関心のない二人の娘がたまに我が家に来ているときでも、日曜日のこの時間帯になるとチャンネル権は放棄し、もう少し映像効果の悪いテレビのある別の部屋に移動するくらいだ。
その大河ドラマの「毛利元就」も、この日曜日はいよいよ戦国史上名高い厳島合戦である。期待して見ようと思っている。
そう思っていたために何かの導きがあったのだろうか、偶然、今日、このドラマの脚本を書いた内館牧子さんがこの厳島合戦に触れた一文を書いていることを知った。
毎日新聞のこの夏、7月12日の夕刊「ちょっとひとこと」欄に<「戦国」と「平成」の59歳>と題して、毛利元就の59歳と現在の世の59歳の男性を比べているのである。
1555年9月30日の嵐の夜、59歳の元就は「人生において暴風雨は好機」として「出陣じゃ!」と叫ぶ。
相手は陶 晴賢35歳、軍勢2万(テレビでは一万)、元就方は軍勢4千人(テレビでは2千人)という端から見たら勝ち目のない戦に勝利の確信をもって号令する。
内館さんはこの姿に「元就と現代の男たちを比べた時、私は愕然としたのである。」と述べる。
何故か?
内館さんはかつてこの年齢の男性たちにインタビューをしたことがあったが、「定年後、どんな暮らしをなさりたいですか?」と聞くと、異口同音に「女房と温泉に行きたいですね」と答えたという。
そして内館さんは人生50年時代の59歳の
男と、人生80年時代の59歳の男の違いに愕然とした訳である。
内館さんは59歳という年齢はこれから何でもできる年齢であり、守りの姿勢に入る年齢ではなくこれから攻めに転ずることの人生ではないかという認識も示している。
私も賛成である。健康であるならば、という条件だけ留保し、全面的に賛成する。
私自身、20世紀の最後の年に正に59歳となり、現役を一応引退することになっている。
しかし、私はまだ老いとは何か、何故そういう年齢で現役を退かなければならないのか分からないでいる。
いや、段々分からなくなってきていると言った方がいい。かといって、これは差し当たりの約束ごとであるから今の仕事からは離れる。
けれども、これからがほんとうの人生であり、内館さんの言葉によれば攻めに転ずる人生であると思っている。
自らもそう身を処したいと思っているところである。
さはさりながら、元就の59歳とインタビューを受けた人たちの59歳を比べられても、比べられた人たちは困ったろうと思う。
元就は戦国の世に台頭してきて大敵と闘う羽目になった。インタビューを受けた
59歳は功なり名を遂げて定年を迎える。
生きるかどうかの瀬戸際にいるものと、ハッピーリタイアーをするものとでは意識が異なって当然である。
その点では内館
さんもチト意地が悪いと思う。
インタビューするなら、この一向に景況が好転していない様に見える経済状況の中で、毎日の資金繰りに頭を悩ませている個人の59歳の事業主達を選んでみたら如何であったろうか?
或いは、小選挙区制度の中で落選し、今次の選挙に備えて後援会固めに走り回っている59歳の政治家達と対談されたら如何であったろうか?
内館さんは、元就の出陣に当たっての気概こそ男の(更に女の)色香であるというが、きっとそういう人達の間にそういう色香ある男を見いだしたと思う。
そしてそうなれば、元就がどうして戦国時代の老齢期になってからあのように戦いに執着する様になったかとか、どうして側室を同時に二人も持つ様になったのかとかを、もっと分かりやすく描けたのではないかと思う。[1997.10.10]
