新聞の信頼度

何時のころだったのか、正確には覚えていないので恐縮であるが、多分8月初めの早い時期ではなかったかと思う。
産経新聞に日本新聞協会が2年に1度行っている「全国新聞信頼度調査」の結果が報じられていた。

記事によると、調査は今年5月に全国の18歳以上の男女2000人に個別面接して行われたものであるという。
記事には調査項目の全部が示されているのではなく、主要な結果が報じられているだけだが、それでも興味を引くものがある。

これによると、 「新聞を毎日読む」人は全体で69.9%(前回76.2%)
「新聞平均閲読時間」は全体で39.0分(前回41.1分)
でいずれも減退したという。

調査項目には新聞への信頼度を示す項目が7つあったというが、この項目の肯定的評価、中立的評価、否定的評価の割合を算出したところ、7項目平均で61%が肯定的評価であったという。
そしての割合は前回(平成7年)よりも6%低下し、中でも「公平性」「人権配慮」についての肯定的評価が低かったという。

この信頼度が低下した理由について、日本新聞協会研究所ではペルーの日本大使館突入取材や東電女性社員殺害事件の報道などでマスコミ全体への批判が新聞への評価に影響を与えたのではないかと、みているようである(同記事参照)。

数字的なことはこの記事からはもう掘り下げ様がないので、この調査での「世論」が新聞に対する信頼度を低下させているということを前提として少しばかり考えてみることにした。
 そうすると、最近は私自身も新聞には信頼度を失わせていることに気づく。

私の場合は、調査対象になった人たちとは少し違った形になるのかもしれない が、新聞を作る立場の人が「世論」を「作り上げよう」ということに執着しているような気がし、そのことが信頼を減少させることになっているのかもしれない。
 例を2点あげる。
 まず、日曜から今日までの新聞を読むと、例の佐藤長官の辞任を求める「世論」に関する読者の声のまとめを掲載していた新聞が2紙あった。
しかし、これらの新聞はいずれも辞任を求める投書の概要を報道していたものの、辞任を求めない意見を表明した投書については、それがあったかなかったかも含め、全く触れて いなかった。
通常の投書ではどんな問題でも賛成、反対の投書があるものであり、今回だけそれが無かったとは考えられない。

仮に無かったとしても、辞任を求めない投書が無かったと言う程度のことは報道すべきであろう。
その意味で、これは公平な扱いとは思われない。

 次に、新聞は何か事件があると有識者の考えを取材してこれを掲げ、読者の参考とすることが多いが、この「掲げ方」が必ずしも公平であると思われないところがある。
この点は試みに、雑誌「This is 読売」10月号に評論家の桜井よし子氏が書いている「私が闘った「市民」という加害者」という一文を見てみるがいい。
ここでは、神戸の小学生殺人事件の犯人の写真を雑誌・フォーカスが掲載したことについて触れている。
作家・柳 美里さんがある新聞の取材に際し、柳さんは、写真を掲載したフォーカスの考えに賛成するとの意見を表明したファクスを送った。
しかしその新聞には、フォーカスの写真掲載を是とする意見は一つも掲載されなかったという経緯が述べられている(同誌56ページ)。

こういうところから、私は最近は新聞に対する「信頼度」を下げなければいけないかなと思いつつある。
しかし、やはり新聞の基本的な部分は世の中の動きを忠実に読者に伝えてくれる、、しかも時々刻々と伝えてくれる有益な存在だと思っている。 だから、もし私が新聞協会の個別面接を受けていれば、信頼度以外の項目については肯定的評価をすることに間違いないと思う。[1997.9.30]