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昼の散歩・渋沢栄一の魅力 22
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渋沢栄一は私の好きな歴史上の人物の一人である。
少年時代から活力に溢れ、攘夷論に同調して近在の青年達を横浜焼き討ち計画
に糾合したり、そうかと思うと一転徳川慶喜のために募兵を行うなど、一見若か
りし頃には考え方が揺れ動いているかのようであるが、これが自分の生き甲斐で
あると考えたとき、あるいは生きる方向なのだと考えたときの行動力には、太閤
秀吉の若かりし頃の縦横自在な奇才ある野性味を感じさせてくれる。
また、一つの方向を定めると、その方向に沿って現実的な行動を積み重ね、孤
軍奮闘に終わることなく、次第に他をも感化してゆくところに次の時代に繋げる
確かさがあって頼もしさを覚える。
現在の日本の社会にあっては、トップダウンよりボトムアップが好まれ、先見
性のある政策や企画であっても、その確かさよりは充分な根回しが行われたかど
うかが重視されているように思われる。また社会経済動向の変化に対応して行動
しようという動きに対しては、素早い対応は不安な眼差しをもって見つめられ、
より慎重さが求められる。特に企業にあっては短期的にみて利潤追求度が高くな
ければ歓迎されないことが多い。
「共生」とか「変革」が時代のテーマとなりながらも、大組織になるほど、こ
れらのテーマに則った企画は具体化されにくい。せいぜいが従来日の目をみなか
った企画がこれらのテーマに合うように装いを変えて登場するぐらいのものが多
くはないか。
具体例を一、二あげれば、「いざなぎ景気越え」にこだわってバブル崩壊の影
響を見過ごした公式的な景気判断などは根回しを重視し、慎重さを求める気風に
迎合したものであろう。また政治改革の根本的な方策として据えられようとされ
ている小選挙区制度などは、制度の功罪はともかく新しい考えでもなんでもない
から、現状変更可能性のある対案として出動を求められた昔日の案でしかない。
渋沢栄一の生きた時代はもっと自由な発想と行動のあったことが羨ましいし、
しかもそれを体現した彼の行動を褒め讃えたい。
渋沢栄一の生きた時代は近世から近代への過度期であったから、現代のように
管理社会といわれる時代の思考とは違って奔放で自由なものがあったかもしれな
い。しかしそのような変革の時期には体制を擁護しようとする側の抑圧も厳しい
ものがある筈だから、それらに抗してなおも自らへの同調者を増やしていくエネ
ルギーというものはやはり驚嘆に値するものだと思う。
渋沢栄一の銅像の外見は、実際のところ人の好い老人が少しばかりお洒落をし
て外出でもするような穏やかさを見せているが、彼の長く逞しい人生の軌跡を思
うと今もその内には烈々たる覇気を秘めているようにみえる。
翻って自らを省みると、大好きな小説「エリアンダー・Mの犯罪」(ジェリー
・ユルスマン、文春文庫)の主人公の様に「もし、もういちど人生をやりなおせ
たら、ほんのちょっとした事柄をいくつかかえることができたなら・・・」と思
うだけの自分である。もっとも彼女と違って、世界歴史を変えるほどの情念は持
ち合わせていないかもしれないが・・・・
平成4年11月30日のこと

