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昼の散歩・常盤橋公園 19
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常盤橋公園は、実はそんなに大きな公園ではない。奥行きは、道路から日本橋
川まで、一番遠いところでも50メートルからくらいではないかと思われる。幅
というか長さは、日本ビル別館からでも100メートル弱ではなかろうか。道路
際には植え込みがあり、中に「常盤橋公園」との文字盤が刻み込まれた大きな半
楕円の石碑が寝そべっているので、すぐそれと知れる。
公園は大きく2つに分かれていて、日本ビル別館側に大きな石垣が二つと、そ
して奥まったところに常盤橋がある。さらに道を進むとそこは明治時代の大実業
家渋沢栄一の銅像があって、かなりのスペースを占めている。
春の常盤橋公園は、おそらく華やいだ気分になれるだろうと思うくらい、色々
な花の種類があるようだし、緑も多い。渋沢栄一の銅像の近くには大きな藤棚も
ある。公園の北側には首都高速道路が神田橋方向から流れてきていて、この公園
をかすめて東に向かっている。
おそらく日本ビルのビジネスマンや0Lは昼休みにこの近くを散策することが
多いのではないかと思われる。
しかし、今の季節は草花を愛でるにはすこし時期が悪いのかもしれない。その
せいか雑草も多いような気がする。銀杏の落ち葉があちこちに見られるのも公園
の印象を若干いいものにしていない。渋沢栄一の銅像に回っても近くにごみ捨て
場のような所があったり、住所も定かでない人間の布団がわりの段ボールや布が
あったりしてすこし意外であった。
そうはいっても、まず、石垣の見事さにはびっくりする。どのように見事かと
いうと、正方形とは言わないが石に丸石は少なく概ね四角なものでまとめられて
いることである。
この石垣のある場所に、先程の常盤橋公園の表示とは別に「歴史と文化の散歩
道」と銘打った銅板の説明ボードが用意されているので、これをみるとあらかた
のことはわかる。
これによると、江戸時代この常盤橋の内側にあった常盤橋門は江戸城外郭の正
門であり、日光・奥州街道に通じる要であった。この常盤橋門は国の史跡に指定
されているようである。一時期はここに北町奉行所も置かれていたという。
余談であるが、別な観光案内書によると、お馴染みの遠山左衛門尉景元の任期
中はここに奉行所はなかったようである。
また、常盤橋は天正18年(1590年)に架けられた橋で両国橋ができるま
では江戸一番の大橋であったという。そして明治6年に廃止されたが、その後明
治10年に洋式の石橋に架け替えられたものであるという。
今、常盤橋の前に立ってみると、上方は首都高速道路が走り、橋の下は日本橋
川が暗い水面を浮かべ、渡る人のない橋が寂しくそっと身を横たえている、とい
う思いがする。そして橋の彼方には日銀の建物の一部であろうか、古風な洋館が
灰色の重厚なたたずまいをみせている。
平成4年11月30日のこと

