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昼の散歩・都会の音 12
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乾門からは帰路につく。時計をみるとオフイスへ帰るにはすこし急がなければ
ならない時間だ。ここまでは、例えば国立東京近代美術館の構内に入るなど、す
こし辺りに注意を払う時間が多すぎたようだ。復路はひたすら歩くこととする。
いま来た道を戻りはじめてすぐに、先程脇を通りすぎた横断歩道橋が見えてき
た。誰も上り下りしている人はいないので、駆け登るようにして歩道橋の頂上に
着く。下を覗くと、上りも下りもたくさんの自動車が流れよく走っている。
小学校のころ蛙を解剖して、顕微鏡で蛙の血管を眺める実験があった。あの時
も灰色の透明膜のなかで、四方八方へ動く水流のような血液の流れを感ずること
が出来たが、この自動車の流れをみていると、色に少し違いがあるようだが正に
血液流のように流れ来、流れ去っているようにみえる。
そして音がゴーゴーッと唸るように響く。この音は、都会の音だと思ったこと
がある。
初めて上京してきたときの最初の朝。
建物の屋上に上がった。
今ほど高いビルが多いときではなかったので周囲が一望でき、特に南側の皇居
のほうは春の朝の陽が緑の杜に注いで清々しい気持ちがしていた。けれどもその
気持ちに水をさすかのように、そうかといって横断歩道橋の下から感ずるような
直接的なものではなく、建物をとりまくはるか遠方の景色から明るい空に向けて
問いかけているような、ゴーッという響きが回りに広がっていた。東北の田舎町
ではきくことのできない異様な音であった。当時の国電、都電、自動車そのほか
の音の発源から流れ出るものが複合した音を成していたものと思われるが、私は
「ああ、これが都会の音なのだなア」と思ったものだ。
部屋に戻ると、朝食を食堂で終えてきた同室の友人がトランジスタラジオをつ
けていて、「ネバー・オン・サンデー」の軽快な音楽がを奏でられている。初め
て聞く曲ではなかったが、テレビは家になく、ラジオは夜、しかも歌謡曲とかド
ラマとか聞いたことのない生活をしていた私には、「これも都会の音だ。」と思
った。
二つの音には共通のものがあった。聞きたくないと思ってもこちらから拒否で
きない生活必然的なものであった。
一つは断ろうと努力しても、私以外の仮に大きな権力を持っている者でさえ、
当時も今も解決できない不可抗力的なものである。
他の一つは、断ろうとすれば理屈としては断れるものだし、当時もイヤホーン
は有ったと思うが、自分の勉強のための静謐が欲しいとでもいう誰にでも断れな
い理由以外で断ったり、あるいはイヤホーン装着を要求した場合、果して共同生
活が平穏に機能するかというジレンマを抱え込みかねない性質のものだ。まして
や、共同生活を開始して2日目であってみれば尚更である。
以来、都会の音と滅多に離れることのない新しい人生が始まっていた。
この竹橋の近くで・・・
平成4年11月26日( 木) のこと