Fメロウ句会第1回から第3回までの作品
(互選で1点以上の選句があったものです。)
作品編

兼題・「初夢」
注解編
転載を避けるため、自句注解・批評の別なく要約しました。
この句の「暮れなずむ」と「蜻蛉翔ぶ」の使い方について意見がありました。
「暮れなずむ」は春の感じなので「「暮れ早き」とした方がいいというものです。
また「翔ぶ」は不要で、「群蜻蛉」か「秋茜」などとするのがいい、との批評もありました。
他方「情景がさっとひらめいた。秋あかねがとびかう様子である。」との推薦の言葉がありました。
この句は投RTCの最中に前年の旅を思い出して即興で詠んだもの。
これについて「全山紅葉の渓谷で激しくとぶ飛沫の向こうにもまた美しい紅葉が見える様であり「この季節はほんとうに日本に生まれて良かったと実感」す
るとの評がありました。
面白い句だと思うが、「水の面に浮かぶ」ではなく、「水の面に映る」か「水の面が映す」の方がいいということ、また「紀の川」は例えば「隅田川」と「淀川」に置き換えても差し支えない所が弱い。
地名などを入れる時は句の中でその地名が必然性を持っていなければならない。
例えば「暮れ残る川面が映す鰯雲」はどうか、との批評がありました。
へのへのもへじの案山子は少なくなったが、たまに去年使っていた様な案山子をみたりする。
よく情景を捕えている、平和な取り入れ間近な農村が描かれていると思う、との評がありました。
詠んだのは丁度取り入れが始まるにはまだ早い、しかし嵐もない、しかも周囲には農夫が全く見えない広い稲田の光景。頭に浮かんだのは「農閑期」という一語でした。この農閑期を象徴するのは何だろうと思ってよく辺りを見回すと案山子があったのです。
「堂々の行進 笛の音が冴えてよい」との評があった。
「水をたっぷり与えられた花が鮮やかに映ります。」という評がある一方、「凛たる姿」について、写生的手法で表現すべきで、直接表現は避けたい、との評がありました。
「思い出誘う」は昔のことを懐かしんでいるという語感であるが、「虎落笛」は厳しく烈しい感じなので、この対応は適切ではない、との指摘がありました。
「ラジオを走るとは上手い表現」という評が2名の方から。
ただ、「寝正月」については「私は早起きしていろいろな支度を整え、テレビにかじりつく」けど、この人はそうじゃないから、この句の作者はきっと男性」との指摘あり。
私は寂しがり屋なのか大体家にいるときには何か音が必要です。
聞きもしないラジオをつけてパソコン通信をすることが多いのです。
ところが、この年は1月の年賀状や人事異動での挨拶状による住所録の整理を怠ったため、ゆったりと年賀状を書いていては間に合わない状態になりました。
そこで、休日に家人が出掛けたときに間違いのない様にラジオも付けないで年賀状を書いていたのでした。
昔は田舎でよく見かけた光景でした。でも今は見かけません。
特に都会ではもう無いだろうと思っていたのです。ところが、自分の住む大田区内の一角に発見できたました。
「平屋建て」の表現については異なる評価がありました。
私はいつもの年はコートを着るのが遅く、12月の中旬になるまで我慢していたのですが、この年は12月初旬に「12月末の気候」と言われたときがありました。
そのときの情景です。
「 夢って起きると忘れてしまいます」「でもきっと良い夢でしょう」との評有り。
「初夢の兼題はなかなか難しい。この句は「抜けて」で夢の中の自分が夢から抜け出たようで良かった。これが「醒めて」ではつまらない。」との評がありました。
以下はごく最近に詠んだ句です。
特に解説などは致しません。まだ、準備中ですので(^_^)
- 越後路や田植えの女一人きり
- 日暮れ道手折りて帰るあざみかな
- 憂いなし川ゆったりと薔薇が逝く
- 紫陽花の咲く道と知り回り道
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