
*****タピ*****
(1)
フランスから日本に来て1か月ほど経ってしまいました。今の生活に慣れるの
はなかなかできなくて、毎日シクシク泣いてばかりの日でした。もともと自分の
生まれから考えても、いずれは故郷から離れなければいけないことは分かってい
ましたが、でもまさかこんなに離れた日本に来るとは思っていなかったのです。
特に悲しかったのは最初の1週間でした。
アビニオンで生まれた私が、あるときブルネットの日本人のお嬢さんの目に留
まり、「まあ、可愛い」と言われて優しく抱き上げられたときは有頂天でした。
でもそれからが大変で、お嬢さんが店の主人とふた言くらいの短い会話を交わ
すと、私は一緒に並んでいた友達のペナント君やブロンドさんと別れの挨拶をす
る間もなく、折り畳まれて紙袋に入れられ、お嬢さんの大きなハンドバックに詰
められてしまいました。おまけにお嬢さんが日本に帰るときにはもっと大きな鞄
に詰められ、真っ暗でな中で息もできなかったので一体どうなっちゃんうだろと
、随分不安になってしまったのです。
日本に着いてからもお嬢さんは暫く私のことを振り向きもせずにいたので、私
は大きな声を出して「ねえ、お嬢さん!ここから出してえー!私をお嬢さんのお
近くにおいてー、お願い!」と叫んだくらいです。
私の叫び声が聞こえたらしくて、ようやくお嬢さんが私を取り出してくれまし
た。お嬢さんは、満足そうな笑みを浮かべて私を撫でてくれ、私も心地よかった
のですが、でもそういう幸せな時間はそこまでで、私はまた紙袋に戻されてしま
いました。私はまた泣きそうになりましたが、でもお嬢さんが紙袋を持って出掛
ける様子だったので、ちょっとばかり堪えることにしました。
そうやって暫く経って気がつくと、お嬢さんが誰かと話しています。どうやら
私のことです。
「ね、いいでしょう。これね、アビニヨンの店で見つけたのよ。お土産のつもり
だから使って!」
「あら、素敵な模様ね、、あっ、ここになんか書いている、、、TAPIS、、
か、ワー、ありがとう。この大きさだと、花瓶か、お人形さんを立てるときに敷
いていいかな?」
「ええ、いいんじゃないの。」
私はどうやらお嬢さんのお友達にプレゼントされたらしい。私はまたなんだ
か悲しくなりました。
(2)
「おい、みゆき。これ、なかなかいい敷物じゃないか、、、布製だけど、きち
んとパッチワークしたみたいな、立派なものだね。それでいて可愛い図柄だし、
、、どうしたんだい?」
私がこの家に来てから2日目。私は、この家のお嬢さん、、、そう、みゆきさ
んという名前なんだ、、、そのみゆきさんの部屋の鏡台に置かれていました。収
まり具合としては、私も丁度手頃だなあ、と居心地の良さを感じていました。そ
こに、みゆきさんのお父さんらしい人が入ってきたのでした。
「いいでしょう?昨日お友達から貰ったのよ、フランスへ行ってきたお土産だ
って!」
「おう、そうか。この紺色のバックもいいが、黄色の花、、なんだかマリーゴ
ールドの様なところもあるが、いいねエ。それからこの二重線の間にある花のバ
ックは白だが、これも優雅な感じがする。」
「へー、お父さん、こういうものに感想を言うなんて珍しいわ。」
「そりゃあ、お前。いいものはいいからな。それにフランスのお土産と聞いて尚
更興味を感じたよ。フランスのどこだ。」
「うん、アビニヨンだって。」
「ほう、アビニヨンか。プロバンス地方だったね。あそこはいいところだ。」
「そうなの?」
「ああ、マルセーユから少し北で、ローヌ川沿いにある町で、、、昔は法王庁が
あったところだよ。ほら、<アビニヨンの橋の上で踊ろ>って歌があるだろう。
あそこだよ。」
そうです。アビニヨンは古い歴史の町で、有名なサン・ベネゼ橋からはドン
の岩山が邪魔して法王庁の城砦は見えないけれど、もう一つのエドアール・ダラ
デイエ橋からは印象派の画家、シニャックが描いた姿と同じ様な法王庁の宮殿が
見えます。私は、このエドアール・ダラデイエ橋からよく見える古い民家で作ら
れたタピなのでよく分かります。
「フーン、お父さん、行ったことがあるの?」
「ああ、一回だけね。そのときの印象は、、、そう、この敷物の紺色、、これ
はプロバンス地方に独特な紺碧の空を意味してると思うなあ。それから、あの辺
りの古い家はみんな出窓のようなものがあったけど、そこに沢山鉢入りの花を置
いていたよ。私が出掛けたのは秋だったけど、そういう家並を下から見上げると
、その花が赤や黄色の色とりどりの華やかなもので、そう、この敷物のように紺
碧の空にそんな色が映えていて、随分印象が強かったナア。」
「じゃあ、この外回りに近い二重の縁取りは何?」
「うん、この縁取りは八角形だろ?しかも縁の色は黄色というよりは茶色に近
い。そして外側の八角形と内側の八角形の間は白いバックで、そこにまたマリー
ゴールドの様な花があるのだから、これは法王宮殿をシンボライズしてると思う
なア。」
「そう、じゃ今度彼女に会ったら聞いといて上げるよ。」
いえいえ、お嬢さん。そんな必要ありませんよ、、、私は思わずそう言ったの
ですが、でも私の様に名産のみやげ物として人間に奉仕するだけのものの言葉で
は到底通ずるものではありませんでした。でもその次の会話には、私は思わず今
までの寂しさが吹き飛ぶような嬉しさを感じました。
「どうだい、みゆき。お父さんにその敷物を暫く貸してくれないか?」
「あら、どうして?」
「うん、これ、気に入ったからさ。お父さんはこういう色合いが昔から大好き
でね。今思ったんだが、これ、お父さんのホーム・ページの背景に使えると思っ
てね。」
「エッ?できるの?」
「うん。うまくゆくかどうか分からないけど、やってみる価値はあるな。お父
さんの思い出にも繋がるし。」
「うん、そんならいいよ。でも上げるんじゃないからね。返してよね。ねね、
その思い出って何?」
「それは秘密!」
(3)
この会話があってからかれこれ一月が過ぎました。
私は今、みゆきさんのお父さんの机のスタンド時計の下敷きになっています。
これは「取り敢えず」のことのようです。いつだったか、みゆきさんが私を取
り返しに来たのですが、おとうさんは「もう少しの間貸しておけ。」と頼んで、
その代わり代償としてお小遣いをせびられた様でした。
でも、お父さんは忙しいらしく、なかなか私をホーム・ページに取り入れよう
としてくれません。いつかの日曜日に、一度デジタル・カメラを取り出して私を
撮影してくれました。昼のことだったのですが、光線を気にして電気をつけたり
消したり、ブツブツ言いながら撮影していました。私は部屋の狭さや机の配置の
悪さをブツブツ言うのがおかしくて吹き出したのですが、でも勿論お父さんは大
真面目でした。おかしいのは、私が吹き出したときにお父さんが一瞬ハッとした
ように周りを振り返っていたことです。まさか私の笑いが聞こえたのではないで
しょうね。
でも、ここのお父さんのホーム・ページ作りの様子をみていると、デジタル・
カメラから映像をパソコンに取り込まなくては写真を使えないと思うのですが、
今のところ一向にそういう様子を見せません。逆にお父さん一人でいるときには
時々私をスタンド時計から取り外し、じっと見つめたり、また思い出したように
フランスへ行ったときのアルバムを取り出して眺めていたりしています。
そういう様子を毎日見ていると、私は「別にホーム・ページに取り込まれなく
てもいい。」と思います。その作業が終われば私はお父さんから離れなければい
けないかもしれないし、また、私の生まれた土地と歴史を知っていて、しかも私
の意味するところを知ってくれる人なら、一生このままでいるのが幸せだと思う
からです。ですから、今はシクシク泣くようなことはありません。
もっとも、お父さんも私を手離す気がないようですから、なおのこと安心して
いますが。。。(了)
(注)TAPIS・・・・(タピ)敷物、カーペット(仏和辞典から)
なお、このホーム・ページのトップページのタイトルにある八角形の模様はその写真です。
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