
*****居酒屋*****
(一)
時々立ち寄るJR八重洲口の地下の居酒屋。今日は金曜日ということもあって
か50人くらい入るところだが随分混んでいた。でも辛うじてカウンターの席が
二つ空いていたので、仕事帰りの我々でも何とか座ることができた。我々よりも
前から並んでいたビジネスマン風の4人組が、ちょっと我々を牽制するような視
線をしたが、でも敵さんにはみんなのニーズを満たす席がないのだからしようが
あるまい。そう思うと何か勝利感を覚えながら席に着いた。
でも、席に座ったものの、忙しい所為で誰も注文を取りにこない。私とは顔馴
染みになっている筈の親父も、カウンターの中で最初にちょっと会釈しただけで
後は何だか分からない魚の裁きに掛かっている。
一緒に来た同僚殿は、初めてとあって珍しそうにあちこち見回してばかりで、
店員を呼ぼうという気がない。
(オイオイ、俺がお前を接待するんじゃないんだぞ、勘定は割り勘にするって
言ったろ!)と内心いまいましく思ったが、遠くに見かけた顔だけは覚えている
若い男の店員に(こっちへ来い)と手を振った。そいつが来るまでに、ついでに
カウンター前の客をみやると、私の左に座った相棒の、そのまた左隣はやはり勤
め帰りのビジネスマンの二人連れ。声高な二人の話が妙に共通するところがある
ので多分同じ会社の人間と踏んだ。いつもの酒席と違ってお客さんに気を使う必
要がないものだから聞くともなしに聞いていると、どうやら同じビルの違う会社
の人で、何かの時に知り合ったらしい。
(なーんだ、、、)と思って関心を右隣に向けようとしたら、店の名入りの半
纏を着た店員が注文を取りに寄ってきた。
早速、先日知人と飲んだのと同じビールと、そしてその知人も大好きなホヤ酢
を頼んだ。別にビールばかり飲みたいわけではなくここの名物酒を飲みたいが、
それには下ごしらえが必要だ。本当はこの同僚殿とではなく、そのビールと酒を
一緒に飲んだ人と飲みたかったのだが、何せ忙しいらしいから仕方がない。同僚
殿は「ホヤ酢」と聞いて不安そうな顔をしたが、幾らか先輩の私に敬意を表した
いと思ったのだろう、
「ああ、それはいいね。」と応じたのでこれで決まり。
注文を取った店員の背中を見送って首を右に曲げると、鼻の辺りを流れる香水
の香りがあった。あれ?と思って私の右隣の客をみると、これが若い女性で、私
の視野に入った限りでは誰か知らないがアベックで来ているらしい。
(あ、こういうときは女性の方をジロジロ見ない方がいい。)そういう私の人
生訓に従って、視線を変えてこの居酒屋の親父の顔と、その後ろに垂れ下がって
いるメニュー札を見ると、なんと「ハタハタの塩焼き」というメニューがあるで
はないか!
「おい、俺、あれを食うぞ!」と同僚に宣言して、再び店員を探す。でも、どう
も今日は間が悪くて中々店員と目が合わない。
仕方ないから、すこし悪趣味だが隣の女性の連れの顔を見ることにした。チラ
リと盗み見たが、髪形は古ーいリーゼントスタイルで、何となく背広の黒っぽい
肩が小さい。
(フン、こんな頼りなさそな男と付き合っているのか、、、)と思ったが、飲ん
でいる酒をみるとは熱燗ばかりで、2合入りの銚子が既にもう3本もある。
「オウ、意外に飲むもんだなア」と心で思っているところに、ようやくビール
が届いた。
(二)
二人で乾杯して、ビールを飲みはじめる。どちらからともなく職場の話しにな
る。話しの内容も、最近の行事に関したとりとめのない話なのだが、段々に喉の
しめりが快くなってくると、つい話しも弾んで来る。そうこうしているところに
ホヤ酢が来たが、どうもビールは残り少ない。ビールとつまみを交互に持ってく
るなんてちょっとキタナイと思うが、でもいつもそういうやり方ではないのだか
ら勘弁しなければなるまい。
そこで、ハタハタの塩焼を頼んだが、相棒殿は鯛の薄つくりを頼むという。
「おい、それじゃあ、もう酒だ。どうだ熱燗にするか、それとも冷たい奴がいい
か?」
すると、相棒殿は
「そうだな、冷たいのもいいけど、だけどあんたは熱燗が好みじゃ無かったか
ね?」ときた。
嬉しいことを言ってくれると思ったが、ところがこいつは何にも俺のことを知
っちゃいない。ワタシヤこの店でホヤ酢を食べた人と飲んだ「能代」というウマ
ーイ酒が忘れられないのだ。おまけに「能代」は私の故郷だし、その故郷の高価
な酒なんだ。(だから、この店にあんたを誘ったんだよ。)と言いたかったが、
それを言うと勘定はこっち持ちになるからグーッと堪えた。
「いや、冷たいのが良いならその方がいいよ。ここには名酒が沢山置いてある。
俺も本当は冷酒が好きなんだ。」
そう言って酒のメニューを渡した。
相棒殿は私が何を飲むのか気にしたが、(いいから、いいから)と好きな酒を
勧めさせ、こっちは「能代」を頼む。
(三)
酒に切り換えてからは、予定を超過して話が弾む。行きつくところはかつての
共通の上司の棚卸しだ。どういうわけか、こういう話はいつの世も連帯感という
か共感が芽生える。指摘するその上司の欠点もそんなに違わない。
(ひょっとすると、俺のところの皆もどこかで棚卸しをしているかもしれない
)とふと思ったが、(ま、それもいいさ。そこから世の中進歩する。)と、分か
った様な感慨浮かべていると、急に隣の相棒殿が立ち上がった。
「おい、どうした?」
「ウン、オシッコ。場所、どこだ?」
(オシッコじゃないだろ、子供じゃあるまいし。。。ションベンと言え!)と
思ったが、ま、世の中には表現の自由というものがある。勘弁してあげよう。そ
う思って上機嫌になった右手を少し上げて右隣の若い女性の方に向けた。
すると、その動きが目に入ったのか、チラと連れの若い男が顔を上げた。
私は、目を疑い、右手は停止し、言葉が止まった。
その右手の先にいて顔を上げた男は、、いや、男ではなかった。リーゼント風
の髪形が私の目を誤らせていた。着ている服装も紺色のスーツだったのでなおの
こと若い男と勘違いした。
色白の透き通った、少し受け口の優しい顔をした、秋田の女性に特有のほっそ
りとした女性であった。しかも私が31年前の昔、あの米代川の橋を二人で渡り
きれずに、男泣きに泣いて彼女と一緒になれない不甲斐さを嘆いた当の相手であ
った。
30年を越えて、どうして彼女がここにいて、しかも私もここにいたのか、理
解のできない時空間がここに生まれていた。(了)
次は「タピ」をどうぞ。
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