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FMELLOWから得たもの(未定稿)


幸齢パソコン通信覚え書き

この3月にホーム・ページを開設し、半年を経過しました。あんまり解説書も読まないままにホーム・ページを作ってみたので、当初はいろいろな不備がありましたが、どうやら軌道に乗ってきたかな、と思っています。
これからは質的な充実を図っていくことに心がけますが、このホーム・ページの目的は幸齢世代にエフ・メロウというパソコンフォーラムを広めようと言う動機があったので、「質の充実」も幸齢世代のパソコン通信のあり方ということを中心に据えて行こうと思っています。
その一環として、ここでは日頃考えたこと、あるいはかつてメロウの会議室にアップした発言のうち、パソコン通信のあり方、特に幸齢世代のそれについて触れた発言を、ランダムでもいいから集めて、自分なりの考えを整理してみることに致します。[1997.9.27]




パソコン通信の楽しみはどこから?
長くパソコン通信を経験していると、パソコン通信の会議室と会議室以外の両方の側面、敢えて言えば表と裏の両面から発言が行き交う様子をみることができる。
 どうして そういうことができるかというと、色々な経緯で知り合った方とメールやパテイオやE-mailで自然な情報交換が行われるからである。
そしてこうなると発言される人の心理までが窺える場合がある。
 こういうときは、発言した人の発言の調子が普段のものと少し異なっていても、「ああ、本当はこういうことなのか。」と理解できてパソコン通信の楽しさが増す。
 しかし反対に意図が分かり過ぎて「ああ、困った。どうすればいいのだろう、、?」とハラハラする場合もある。こうなるとパソコン通信の楽しさはとうに越えてしまい、むしろ発言を読むことが苦痛に覚えるほどである。

 中にはメールで「Aと言う人が先日何番会議室で発言したことは、実はこれこれの背景があってのことである。」という背景説明をしてくれる人もいる。
それが大変時宜を得ていて次の発言にプラスになることもあるが、そういう場 合だけとは限らない。
 特に、会議室の発言のどこの箇所からメールの様な説明が可能なのか全く理解できなくて困ることさえある。こうなると、メールの説明の対象となった発言にはうっかりコメントなどできないということになる。

 結局パソコン通信の会議室も一般社会の縮図であり、顔を合わせなくともよく知った方の文章は多少いつもと調子が異なっても、いろいろの情報や長年の付き合いからよく理解できることが多い。従って、もしその文章に隠された意図があったとしてもそれに気付くことはそんなに難しくはない。
 反面、新しく会議室に登場される方や、今まであまりRESを交わしたことのない方の文章はその文面に従って読み進むしかない。だから、普通の読み方をしたのに、実は発言した方の意図とは違った理解をしていても、それはそれでお詫びを言うしかないと思っている。

 これらのことから考えると、会議室でアップする文章は必ずしも推敲を凝らした完全なものである必要は全く無い。
むしろ、一般の社会で隣人や知人と話す様な感覚で気軽に話題を取り上げ、不完全でも数多くの発言がアップされた方が良い。
そうなればいろいろな意味で会議室を盛り上げることになる(もっとも、発言があったら必ずコメントがあると思ってはいけないし、コメントには必ずRESを返さなければいけないということもない。)。
 発言が完全な発言でないので理解できないのならコメントしなければいいし、どうしても理解したかったら理由を言って発言者に聞けば良いだけのことである。
完全な発言が一つ鎮座している必要はない。

   もともと会議室とは特定の人の為にあるのではなく、フォーラムの会員が誰でも自由に発言する場である。「こう書いたらこの会議室で発言している人に笑われないか」などと心配していたら会議室の存在意義が無くなってしまう。

 パソコン通信の楽しみは多くの人が自由に気兼ねなく発言するところから生まれる。
[1997.9.26]